システム崩壊

 雪印乳業の事件のドタバタをニュースで見ながら、他にもまったく同じ様相を呈しているシステムを思う。一つは警察が多くの事犯を未然に防止することができていないという問題、もう一つは学校内部で生じているいじめ問題を中心とする問題。この3つの問題は、システムに起因する問題である。

 まず、日常生じるさまざまな事象を的確に判断するためには、情報が共有されなくてはならない。そのために、旧来の組織では報告書を作成して、上部に伝達するわけである。当然、そこには管理者が何段階かおり、その情報の重要度に応じてどの段階で留めるのかを判断するのである。

 現在は‥‥少なくともLAN化が進み、情報共有ができている会社であれば、まったく異なった対処法があるだろう。つまり、どのような報告も全社員が共有しデータベース化するだろうし、もし管理者がいてその情報にランクをつけたとしても、そのランク付けが間違っていれば、こんどはその管理者の情報に対する認識度が疑われる‥‥という風に、監査がなされる。

 ボクが問題にしたいのは、この新しい方法にしなくてはならないと言うことを言いたいがためではなく、旧来のシステムでも管理者がそれぞれの部署で最善を尽くしていれば、今回のような問題がなく、新たなシステムよりも良い対処があっただろう、ということが言いたいのである。

 

 今回問題にしている組織は、すべて問題がなければ良とされるシステムであっただろう。本来は雪印乳業はそういう組織であってはならないのだが、長年シェアトップを走りつづけたために、問題がなければ良‥‥という組織となったのだと思う。

 警察・学校なんかは間違いなく、問題がなければ良という組織である。このような組織には、問題を見つければ褒章を与えると言う、別の評価方法が必要なのである。でなければ、問題を探さなければ良となるからである。

 もう一つの問題‥‥それは情報の管理者が人事権をもっているという点が、情報システムを崩壊させているということに気づかなくてはならない。問題を管理者に伝達すると、問題の原因を問われるかもしれないという場合、誰が情報を管理者に伝えるだろうか。本来、これらの組織における情報管理者と人事権者はまったく異なった人間であり、ダブルことはなかった。

 しかし、長年の慣習と言うか、組織のありようがどのようでなくてはならないか、という点に気づくものがいなくなったせいか、あるいは責任だけは回避しながら管理職になりたいというさもしい心持からか、人事権者が情報管理者におもねるこことなった。

 この段階で、その組織は死んでいる。組織としては成り立たないのであるから、惰性だけで運営されている。

 

 このような組織を再生させることは難しい‥‥のではない。できないのである。解体するしかないのである。

 抜本的に改革するためには、すべての管理職を現在の業務から外すしかなくなる。再教育したからといって、現在の地位・業務から離れるのであるから、やるはずがない。よって、解体しかありえないのである。

 さりとて、警察や学校を解体するのは‥‥と思われるだろうが、実際にはそうしなければ改まらない。

 

 雪印乳業に関しては、大改革をやる人間が社内から出てくるかどうか。その一つにかかっている。果たして、そんな人間が社内の閉鎖的な管理社会のなかでも生き残っているだろうか。それが心配である。

 警察と学校に関しては、政治によって一度解体されるだろう。その時に、どのようなシステムが取り入れられるか‥‥まだわからない。