サーバ復活騒動
あるいは
鯖の味噌煮の作り方

 いつ始まったのか、どうして始まったか分からないけれど、とにかくコンピュータが突如使えなくなったときに、我々はどう対処するのか‥‥について、システムを管理するものは常に心得ておくべきことが一つだけある。それは、とりあえずジタバタしなさんな、バックアップをやり始めましょう、ということだったはずである。
  ところが、勢いでやっちゃったから、いろんな不具合は出るは、チェックが完全でなかったから完結していることが間違っているのではないかと疑い始めるは、とドタバタをやってしまった、これは血と汗と涙の記録である。

 京都駅の前にそびえる京都タワーの上に、近鉄デパートと言うのがある。そこにソフマップが入ったと聞いたのは、本願寺のセンターの連中からだった。
  ホイホイ、それはありがたい。日本橋まで買出しに行かなくても済むかもしれないし、目当てのものはなくって、仕方なく余計な衝動買いをしなくてはならない京都は寺町の電気屋街よりはマシだろう。と出かけたのが、(と今になって思えば)今回の間違いの始まりだった。
  本日はお買い物は、外部記憶装置のUSB接続のものだけだよ! と心に言い聞かせておったのだが、ついつい目に付いたものがあった。Sound Blaster Live! Platinum が棚の上から囁きかけるのであった。
  機械でも女でも、向こうから囁きかける奴に根性の真っ直ぐな奴はいない!
 これは長い間の経験則であり、これに従ってボクは行動をしていた。だから、普段ならゼェ〜ッタ・イこいつの傍には近づかないのだが、たまたま欲しかった外部記憶装置のめぼしいものもなく、あまつさえマザーボードの面白そうなものもなく、とっても退屈してたのだった。
  で、買ってしまった。

 四国に帰って、このSound Blaster Live! Platinum をインストールした。やっぱり根性がズタズタにひん曲がっておった。あろうことか、そこらじゅうのIRQやらのリソースを食い散らかして、他のドライバがなんにも動かない状態にして、このマシンはアタシのもんだからネッ!と自己主張をしてしまうのだった。
  こういう女を扱うときの解決策は、他のリソースをとりあえず全部外してしまって、へーへーあんたが一番、とおだて上げておいてから、他のドライバを組み込むしかない。で、丸一日かかってSound Blaster Live! Platinum を本妻に据えて、次にディスプレイカードを入れて、LANカードを認知させて‥‥と仕込んでいったわけである。
  どこの雑誌にもこんなことは書いてないぞ‥‥Sound Blaster Live! Platinum はとっても良いしか書いてなかった。しかし、今までSound Blasterシリーズにはとっても泣かされてきた我々としては、これだけは心得ておかなくてはならない。悪女は美味しいが、躾ようとするとかなりの覚悟が要る。

<なぁに? それだけ?>

 ええい。突如出てきて勝手にしゃべるな>Sound Blaster Live! Platinum

 それだけではなかったのだった。設定を続けているときには、ついでに設定がらみの仕事をやっつけるのは良くあることだ。  ちょうどその時、アライド・テレシスの無線ルータがやってきておった。こいつを使って、寺のガレージの上にやって来た友人の開発室へインターネットを通そうと、計画したのだった。
  双方でルータに繋ぐと、勝手に11Mbpsで信号が繋がると言う、とっても単純なシステムである。ここまでならなんでもないわ。
  ところが、徳勝寺のネットワークと開発室のネットワークはプライベートアドレスがちと違っておった。どっちを直すか‥‥ここいらから面倒が始まった。開発室のアドレスを直せばよかったものを、そっちは忙しそうだし、こっちは設定いじくってる最中だから、ついでに直しておくよ、なんて言ってしまったのであった。
  で、いつもならちゃんとボクの机上にある二台のパソコンのうち、片方をいじるときには、別の方に経過をメモしながら進めるのに、ちょうど二台とも設定状態に入ってしまった!

<じゃあもアタシの罪は軽いのね>

 ええい。贅沢にリソースを食う奴が、口を挟むでない!

 そんな状態のなかで、IPルーティングを書き直したものだから、キッチリ間違ってしまい、開発室の方へルーティングができなくなってしまった。いつもならメモがあるから、復元は簡単だったが、悪女に手を出している真っ最中だったから、そんなもんも残っておらず、ズブズブと泥沼に入り込んでしまった。設定を直せば直すほど次々に前に進まなくなるのだった。
  で、ついつい余計な時間もなくなってきていたので、ええい、フォーマットして再インストールしてちゃんと頭から設定すれば良いや、と思ったのが間違いだった。その時に出ていたエラーはレジストリーが異常になっちゃったヨ、と言うもんだったから、レジストリーを元に戻せばよいだけだったのだ。

 んだもんで、あせっている時は何をするかわからない。Exchange Serverが管理しているデータをその間にバックアップして置けばよかったのに、それさえ忘れ、フォーマットしてしまったのだった。
 ご存知だろうか。Windows NTを再インストールするには、まずFAT16にして、更にインストールするときにNTFSでインストーラがフォーマットしなおす。つまり、Windows NTは自分自身ではフォーマットなんぞしてくれないのである。
 そこで、ついでに届いていたWindows 2000 Serverを入れて、新しいサーバにしようじゃないか‥‥などという甘いささやきが聞こえたのだった。最初の話どおり、向こうから声をかけてくる女にロクな奴はいない。これを再度忘れておった。

 Windows 2000 Serverはとっても奇麗なのだった。こんなに美しいOSはOS/9以来久しぶりである。

<何よそれ?>

 ええい。Sound Blaster Live! Platinum メ。昔の女はもっと美しかったし、従順であったのだ。OS/9といえば、今の叶姉妹なんぞ目ではないほど美しかったのだ。ただ、家庭的な仕事はなんにもしない女だったから、仕方なくMS Basicなどというお手伝いもこなすOSを使う羽目になって、今にいたっておるのだ。

 それはともかく、Windows 2000 は美しい。
  魔法使い(ウィザード)もWindows 98よりは日本語が上手になって、言ってることが分かるようになった。ただ、勝手にカタカナでしゃべるのは止めて欲しい。カタカナでしゃべるなら、ちゃんとした英語でしゃべってくれる方が、余程良くわかる。  それに、ドメインという言葉を勝手に二重定義するのはもう止めたい>MicroSoft。
 どっちがどっちか分からなくなる奴は、ボクらだけではあるまい。

 マ、そんなこんなでWindows 2000 Server がインストールされ、ついでに‥‥これも間違い‥‥Exchange Server 2000 β3もインストールして、さあてボツボツ設定しようとしたら、これがまたウンともスとも、押しても引いてもネットワークが構築できない。
  当たり前じゃ。インターネット部分は daigo.or.jp の場合、クラスDなので、Microsoft DNSではノーマルには設定できないのだった。
  そんなこんなをしている状況を、ついにマイコン坊主の弟が手を出し始めた。こっちは元ミニコン使いだから、やりたくてウズウズしてるわけで、こんなん触らせてと自主参加し始めたのだった。とりあえず、弟は英語は読めるので、とっても便利。ハハハ。

 分からん分からんと言いながら、Microsoftに電話して聞いたりしながら、逆引きゾーンを2つ作って、サブネット化するというテクニックを使ったりしたのだった。

 この解説をしてみたい。DNSでクラスCのゾーンを作るのは一般的な話なんで、誰にも分かる。そこに、CNAMEでクラスDのアドレスを定義してしまう。これはOCN側がやっていることと同じことである。詳しくは、www.ocn.ad.jpを見れば書いてありますナ。
 そうすることで、クラスCのネットワーク内部にクラスDのサブネットを構築することができる。その上で、クラスDのゾーンを普通どおり定義すれば良いわけである。
 これだけで分かる人には分かるはずだから、詳しい説明ははしょる。ごめん。

 DNSが解決して、ついにPingが外に通った。良いではないか‥‥と喜んだのもつかの間、popが入ってこない。  この時に、外部から内側にPingを試すべきだった。
 で、これはExchange Server 2000 β3が悪いんじゃないかと勝手に疑った。Event Viewerの出すエラーをもっとちゃんと解析すべきだった。後で考えれば、外から内部に入れない場合に出てくるエラーばかりだったのだ。

 頭に来たから、この辺りでCobalt Qube2 を注文した。2度とこんなしんどい思いをしたくないので、NTの方をバックアップ用にして、Cobalt Qube2をメインサーバにしようという計画である。ついでに、息子とLinuxをどれかにインストールして、お勉強もしたいしネ。素晴らしい!

 この辺りで、すでに2週間はすぎていた。で諦めて、今度はWindpws NT に戻してやろうと考えた。
 ところが、先に言ったように、フォーマットができないのである。最初にWindows 98でFAT32のフォーマットをしてインストールしようとしたが、これはダメ。次に、Windows 2000でフォーマットしてもダメ。で、必死になって昔のDOSを探し出して、MS-DOS でフォーマットして、ようやくWindows NT 4.0 Serverをインストールした。

 もう冒険はしないぞ、と、Bind for NTを入れて、DNS設定。簡単簡単。
 お次は、IMSをインストールしてメールサーバを導入。ところが、どんなに試してもpopが反応しない。これで4〜5日は悩んだわねェ。

 ocnにpingをたのんだら、pingは通ってるけど、traceroutが通ってないとのお返事。ルータを疑ってみたら?とのことだったけど、まだ、ルータを疑ってなかった。だって、別になんにも設定らしいことはしていないんだ。
 ところが、後で分かったことは、スイッチを切るときに、下手すると設定がリフレッシュされる可能性があるらしい。勝手にリフレッシュするなよなァ。ブツブツ。

 ボク自身は寺の仕事が忙しくなってきたので、戦線離脱。ルータの設定は弟に任す。
 ついに、フィルタの設定が終わり、NTはpopも受けるようになった。約3週間の長い激闘であった。フゥッ。

 おそらく、Windows 2000の設定も正しかったはずである。こっちについては、Cobalt Qube2が来たら、再度挑戦してみたい。なんせ奇麗なんだ。この魅力にはちょっと勝てない。
 NTのサーバは、最終的にバックアップ用に編成しようと思っているので、このままでも良いんじゃないかと思ってる。イントラ側のサーバは開発室のサーバをそのまま使うこととしたい。

 後は、Cobalt Qube2が届くのを待つだけですナ。7月4日に発送と返事をもらったので、七夕くらいにはLinuxを触ることになる。20年以上Unixを離れているので、今、Linuxの復習をやっている。時代が変わってしまって、もう呪文を唱えることもないのネ。ハハハ。
 今、息子から電話があって、BeOSが触りたいみたい。ハハハハ。もう一台作って、今度はBeOSで遊んでみるか‥‥。頭がパニックになりそうだなぁ。

 以上、daigo.or.jpのサーバを復活させた大まかな経過報告です。細かな部分で、どうすれば良いのか‥‥ということは割愛しています。ご要望があれば、もう少し詳しく書きたいとおもいますが、とりあえず、今回はおしまい。