ダライ・ラマ師の記者会見抄録

チベットが求めるのは独立でなく高度の自治

“カルト教”メディアは監視を
(今回の来日の印象について)

 私は一人の人間として、何らかの形で人類に貢献できる素質持っていると信じているし、人類の将来にも責任と関心を持っていると確信している。また私はこれまで、あらゆる宗教との対話に努めてきたし、それなりに賞献してきたと自負している。
 今回の訪日はこの目的に適うもので、東京での講演会や京都精華大学でのフォーラムは多くの若者に会う機会があり、有意義な数日間であった。

(石原知事との会談がキャンセルになったことについて)

 世界中、どこにいっても友人に会うのを楽しみにしている。古い友人ならばなおさらだ。特に石原知事はチベット問題に理解を示してくれていたため、会いたかったが、この件が次第に政治問題化してしまったのは残念である。
 しかし私はその前に、私を招聘してくれた方々や日本にご迷惑をかけたくなかったので、またの機会に譲ることにした。またビザ発給に関して、いろいろと報道されていることは承知しているが、その件について私から何か発言することは控えたい。詳しい事情についてはヽ、むしろ皆さんの方で調査、報道してほしい。ただ今回の日本政府の対応はあまりにも過敏すぎると思った。

(今回出会った人々の印象は?)

 特に若い人、学生に大勢会ったが、いずれも人間の精神的価値について学ぼうとする意欲が感じられ、嬉しかった。ただ髪の毛を金色に染めている若者は新しい発見でした(笑い)。しかし、大切なのは外面的なことではなく、内面的な深みである。日本は元来、高度な精神的文化・伝統を持っていたはずで、これを維持することが重要であると感じた。

(“カルト”宗教、グルと弟子との関係について)

 人間が幸福となるためには必ずしも宗教が必要とは思わない。しかし、仏教であろうと、キリスト教、イスラム教であろうと、一つの宗教を信仰しようという場合には、その正当性が問題になろう。あらゆる宗教から少しずつ引っぱり出して、新たに創り出したような教えは根拠がはっきりせず、むしろ危険である。
 仏教においては、仏陀の教えをきちんと継承した弟子、例えば龍樹など伝統的な導師たちの教えを学ぶべきで、「自分が教祖である」というような教えは警戒しなければならない。グルと弟子との関係については、仏陀が明確におっしゃっている。それは師の説く法や教えが正当な仏典に基づいているものかどうかを確かめ、また師自身のことをよく知ることであり、あらゆる角度から調査した上で、それがこれらの条件に適ったものであれば、その教えも師も受け入れてかまわない。
 もう一つ、今日の情報化社会にあっては、これは宗教家に限らないことだが、常にその対象を調査し、観察し続けることが大切である。これはメディアの方々へのお願いですが、メディアは“カルト教団”と呼ばれる団体等に常に関心を持ち続け、監視することが必要で、その結果、何らかの不正があったり、信頼に値しない点があったら、これを公開していただきたい。

中国側との合意可能 人権問題は妥協せぬが
(今まで一番悲しかったことは?)

 これまでの人生ではいくつかの悲しいことがあったが、一九五九年、インドヘ亡命する際、国境まで見送ってくれた私の護衛たちと別れなければならなかったことが一番、辛かった。彼らにはこの後、確実に死が待っていたからで、彼らの勇気を讃えると同時に、そのことは今でも忘れられない。

チベット人は反中国でない
(チベット問題について)

 「ダライ・ラマ」の称号を戴く私に対して、国内外のチベット人から信頼と期待を寄せられていることも、また私自身に道義的な責任があることも承知している。しかし私たちが求めているのは独立ではなく、純粋にして高度な自治である。この問題については、私たちと中国側の双方が同意できると考えている。
 また中国側は安定及び団結ということをしきりに強調するが、これについては私も賛成で、私を含めチベット人は反中国ではなく、逆に私たちは中国側の目標とする安定及び団結に貢献できると思っている。
 中国は古い歴史を持ち、世界で一番人口の多い大国で、今後ともその重要性は増すばかりである。したがって、中国を孤立させるのではなく、むしろ国際社会に積極的に引き入れた方がいい。
 その一方で、民主主義の問題や人権に関しては、妥協することなく、強い態度で臨むべきである。

中国は現実を直視せよ
失政認めた胡耀邦氏 ダライ・ラマ強調
(チベットの現状について)

 一九五〇年代の中国では毛沢東も周恩来も、チベットは中国の他の省や自治区と違って、全くユニークなものとの認識を持っており、したがって特別な配慮があった。
 それが現在は、中国の他の省や自治区と比べて、極めて貧しく、抑圧され、そして遅れているという点で“ユニークな存在”になっている。
 胡耀邦総書記が一九八〇年にチベットを訪れた時、安定と団結にはほど遠い現状を見て、「中国政府はこれまで、大変なお金をチベットに投下してきたが、それはどこにいったのか。ヤルツァンポ河にでも棄ててしまったのか」と語り、過去のチベット政策の誤りを認め、公式に謝罪した。
 それから二十年が経過したが、中国政府は現地に調査団を送り、チベットの現実をよく見てほしい。なぜならば、現在のチベット自治政府の中央に対する報告は数字も改竄され、正確なものではないからである。またチベット仏教とは何たるかということを調べてほしい。そしてチベットの文化・伝統をよく勉強してほしい。
 確かに中国は偉大なる国ではあるが、その中国も世界の一部にすぎない。そうであるならば、中国も世界の常識に合わせて進展することが求められる。この懇談の内容が中国にも正確に報道されることを望む。